私が開院した理由

こんにちは 院長の秀徳(しゅうとく)です。

このページは私の経歴、整体師を目指すきっかけ、開院した
経緯についてや苦しんだこと、熱意や思い、信条そして、
これからの思いを書いています。

 

私の経歴

地元の小学校、中学校そして高校、大学と進み百貨店での見習い、
それから家業のスーパーを継ぎ10年、その後他の企業に
引き継いでもらい、婦人靴チェーンに就職。

15年後に建設会社に転職、そして15年が過ぎました。

三つの会社に40年勤め、その間周りの人、同僚が腰の痛みに
悩んでいました。私もその中の一人でした。

最後の会社にいる時、腰の治療の為に治療院を回っていた
ころから整体に関心をもち始めていました。

 

整体師への道

退職も近くなり退職後のことを考え始めていました。
人の勧めもあり整体の「でオステオパシィ―」を学ぶことに。

勤めながら日曜日ごとに勉強、研修に励んでいました。
1年ほどして日曜日ごとに不調者さんを施術し始めました。

しかしなかなか不調者さんを改善に導くことが出来ませんでした。

1年ほど経った頃、何か改善の手がかりはないものかと
本屋で整体の本を探していたところ、リセット療法の本が
目に入り夢中で読んでしまいました。

 

会社を退職し、研修生活へ

“これだ”と決断し、妻を説得し会社を退職して、
入学金、研修費、生活費を準備して静岡の
日本回復整体総合学院での研修生活に入りました。

整体師、看護師、レントゲン技師、鍼灸師、
サラリーマンなど色んな職業の方がお見えでした。

学院を卒業し本格的に開院しましたが半年間は経費がかさんで
赤字続きでしたが、徐々に顧客も増え順調になってきました。

2年ほどして今度は体調を壊し、施術もままならない
状態に陥りました。喘息でした。

こじらせてしまい治るのに1年半かかってしまいました。

それから完全復帰し、施術に取り組んでいたところ、
知人から新しい整体の連絡が入りました。パーフェクト整体でした。

あまりの素晴らしさに居ても立ってもいられなくなり、東京に
1か月研修に、はせ参じました。

熱い思いをぶつけての学びとなりました。

 

これからの思い

今はパーフェクト施術に励んでいますが、不具合が改善した時の
不調者さんの笑顔のすがすがしさは、心から喜びがわき出でます。

出会える機会を与えていただいた方を、全力で施術し、
回復に導けるよう、精進し回復の輪を広げていきます。

これからも、あなたと家族の健康について自然治癒力をつけれる
ようにかかわり続け、笑顔が絶えないように努めていきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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